僕が歩いた街 - ウィーン ②甘い7年戦争

旅行記

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オーストリアの食べ物で最も有名なものは何であろうか。少なくとも、日本では「ザッハトルテ」がその最右翼だろう。僕が初めてザッハトルテを知ったのは小学生の頃、当時ピアノを習っていた先生にいただいた、木箱に入ったデメルのザッハトルテだった。以来、オーストリアといえばザッハトルテであり、ザッハトルテといえばデメルという認識を持ってきた。いつの頃からか、コンビニにもザッハトルテが並ぶようになり、珍しい異国のお菓子というイメージも薄れてしまった。

ザッハトルテのはじまり

コンビニスイーツにもなったザッハトルテであるが、無論その起源はウィーンにある。オーストリア帝国宰相クレメンス・メッテルニヒに仕えた料理人、フランツ・ザッハーが1832年に考案した。栄華を極めたハプスブルク帝国、その中枢にあったメッテルニヒはこれまでにない、珍しいデザートを求めていた。16歳の青年フランツ・ザッハーはチョコレートのフォンダンで美しくコーティングされたトルテで、その期待に応えた。その評価は瞬く間にウィーン市中に広がったという。

その後、フランツはブラペストで自らの店を持ち、さらにはウィーンとブダペストを結ぶ蒸気船のシェフも務めた。ウィーンに戻ってからは市内にデリカテッセンを構え、「フランツ・ザッハーのチョコレートトルテ」としてザッハトルテを販売した。

1872年、フランツの二男、エドゥアルト・ザッハーがウィーン帝立・王立宮廷歌劇場(現ウィーン国立歌劇場)の隣にホテル・ザッハーを開業。ウィーンを代表する高級ホテルとなる。そこで提供される「ザッハ・トルテ」もまた、ウィーンを代表するスイーツとなっていった。

長者三代続かず。1934年、三代目のエドマンド・ザッハーの時代にホテルは経営難に陥った。そこに救いの手を差し伸べたのが、双頭の鷲の紋章を戴く、ハプスブルグ家御用達の名門カフェ・デメルであった。デメルはホテル・ザッハーへの支援の見返りとして、門外不出だったザッハトルテのレシピと「元祖ザッハトルテ」という商標権を手に入れた。

第二次世界大戦終了後、ホテル・ザッハーとデメルしか知るはずのないザッハトルテのレシピが料理書に掲載された。これを機に、ザッハーはデメルを提訴、商標使用とザッハトルテの販売差し止めを求めた。この裁判は決着するまでに7年を要し、のちに「甘い7年戦争」と呼ばれることになる。

元祖ザッハトルテ

裁判の結果、ザッハー、デメル双方ともザッハトルテを販売できるものの、デメルは「デメルのザッハトルテ」として、ザッハーは「元祖ザッハトルテ」として販売することが決められた。これは今日に至るまで変わっていない。

ホテル・ザッハーの元祖ザッハトルテ

日本国内ではデメルのザッハトルテは比較的容易に食べることができる。しかし、元祖ザッハトルテは中々そうはいかない。ウィーンでは両者を食べ比べることができるが、どちらか一方を選ばざるを得ない状況になったら、元祖ザッハトルテを選ぶことをおすすめする。

国立歌劇場に隣接するホテル・ザッハーのカフェは多くの観光客が訪れるため、列に並ぶことも覚悟しなければならない。ただ、そこで食べられる元祖ザッハトルテの味は本物だ。チョコレートのバターケーキと杏ジャム、そしてチョコレートのフォンダン。このザッハトルテはさらに無糖の生クリームを添えることで完成する。砂糖のジャリジャリとした食感と共にチョコレートと杏の強烈な味わいが口中に広がるが、生クリームがそれを見事に緩和させる。あたかも最初から生クリームが添えられていなければならないと決められているかのような完璧な調和である。

ザッハーのスタッフは-そういう規則になっているのだろうが-単に「ザッハトルテ」などとは言わない。オーダーの確認の時も、サーブする時も、あるいはテイクアウトの会計の時も、必ず「Original Sacher-Torte」と言うのだ。甘い戦争を経て取り戻した自分たちのトルテ。その矜持を強く感じることができるシーンだろう。

ウィーンのカフェ文化

ザッハトルテと並んで、ウィーンの有名なスイーツとしてインペリアルトルテが挙げられる。これもまた国立歌劇場近くにある名門ホテル「ホテル・インペリアル」の銘菓である。1873年の創業の時から伝わる、伝統の味でもある。

インペリアルトルテ

ザッハトルテは杏ジャムとチョコレートの組合せであるが、それと比較するとインペリアルトルテはやや複雑だ。チョコレートのコーティングを破ると、マジパンやアーモンドの層が顔を見せる。食感も味もザッハトルテとは大きく違う。ホテル・インペリアルは格式ある名門宿であるものの、そのカフェには気軽に入ることができる。ホテルのメインエントランスをくぐらずとも、カフェ専用のものもある。これもまた、ウィーンに来たら味わっておきたい。

トルテに限らず、ウィーンは多くのカフェとそこで味わえる様々なスイーツが魅力の街だ。1683年、ウィーン包囲攻撃に失敗したトルコ軍が大量に残していったコーヒー豆から、ウィーンのカフェ文化は始まったとされている。日本ではウィンナーコーヒーと呼ばれるアインシュペンナーがカプツィーナー(カプツィーノ)、あるいはメランジュ(カフェ・ラテ)を楽しめるカフェが街中のいたるところにある。

ホテル・ザッハーのメランジュ

地元民の憩いの場から、観光客が大挙して押し寄せる名店まで様々だ。美術史美術館には世界一美しいと言われるカフェもある。そんなカフェを巡ってみるのも、ウィーンの正しい歩き方のひとつかもしれない。

世界一美しいと言われる美術史美術館のカフェ

つづく

オーストリア共和国
ウィーン
訪問時期:2015年12月

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