僕が歩いた街 ― リヨン 後編

旅行記
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前回

 リヨンが食通に愛される街になったのは、その地理的条件も大きく影響している。 ボジョレ、ローヌ、あるいはブルゴーニュといったワイン、さらにはブレス鶏、シャロレー牛など優れた食材の産地が近隣にあり、ローヌ川とソーヌ川という2つの河川が交わる交易の拠点でもあったのだ。

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リヨンの郷土料理

 この地では様々な郷土料理を楽しめる。たとえば、前菜ではリヨン風サラダ(Salade lyonnaise)が挙げられるだろう。様々な具材が入ったボリュームのあるサラダだが、「必ずこれを入れなければいけない」という決まりがないのも郷土料理の懐の深さを感じさせる。多くの場合、ポーチドエッグ、ベーコン、チーズなどが使われる。

リヨン風サラダ
Le Comptoir du Boeufにて(旧市街にある
Les Bouchons Lyonnais の1つ。ゴー・ミヨ掲載店)

 主菜ではクネル(Quenelle)も有名だ。白身魚のすり身をオーブンで焼いた料理で、ソーフを掛けて提供されることが多い。材料や製法が近いことから、日本のはんぺんを想像すると味や食感を大きく外すことはないだろう。クネル発祥の地であるリヨンでは、名産の川魚カワマスのすり身を使い、ソースにはザリガニを用いるのが伝統のようだ。これもまたリヨンに数多くあるブションで味わえる郷土料理である。

クネル
Le Comptoir du Boeufにて

 ブション(Bouchon)とは、この地で使われる特殊な言葉である。フランスの他の地ではビストロと呼ばれるような形態の店が、リヨンにおけるブションである。起源は18世紀、ブルジョアの家で働いていた女性料理人たちが開いた食堂とされている。現在のリヨンには街中のいたるところにブションを見つけることができる。伝統的な料理を出すブションもあれば、先進的な創作料理に振れているブションもある。なお、2012年にリヨン観光案内所とリヨン商工会議所がブション認定制度を制定、一定の基準に達した店にのみ「Les Bouchons Lyonnais」のラベルが付与されている。店選びの参考になるだろう。

 また、日本においてもリヨン伝統の味を楽しむことができる。多くのフランス人が暮らす東京・神楽坂にあるミシュラン1つ星レストラン「LUGDUNUM Bouchon Lyonnais」だ。リヨン出身にシェフの手による高いレベルのリヨン料理を味わえる名店だ。

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現代フレンチのはじまり

 リヨンが現在、食の都と呼ばれるようになったのはこれら郷土料理と無縁ではない。そしてその種は20世紀の前半に登場した、伝説的シェフによって撒かれたのである。リヨン近郊にヴィエンヌという街がある。新石器時代から人が定住し、かつてはローマ帝国に元老を送り出していた「元老院の都市」とも呼ばれていた街だ。そこにあるレストラン「ラ・ピラミッド」のオーナーシェフ、フェルナン・ポワンこそ、フランス料理の現代化の契機となった歴史的シェフである。

 ポワンは1933年にミシュラン三ツ星を獲得、1955年にこの世を去るまでその評価を維持した。ポワンはそれまで、フランス料理の絶対的指針とされていたオーギュスト・エスコフィエのレシピに捉われない料理を作ることで、その評価を確たるものにしていった。もちろん、それはエスコフィエに対してポワンが勝っていたという単純な図式ではない。

 エスコフィエは19世紀末から20世紀初頭にかけて、主にロンドンで活躍したシェフである。それまで「100の料理には100のソースがある」と言われていたフランス料理を体系化し、広く公開することでフランス料理のスタンダードを構築した巨人である。それからしばらくの間、正しいフランス料理を作るということは、すなわちエスコフィエのレシピを再現するということと同義であった。

 しかし、20世紀に入り物流や食料保存の方法が進化していく。エスコフィエの時代では考えられなかったような食材を容易く手に入れることも可能になっていった。そのような時代にあって、ポワンはそれまでのエスコフィエ的な正統フレンチから見れば一段も二段も落ちるとされていた郷土料理に着想を得て、地元の食材を使ったフランス料理を次々と世に送り出していった。エスコフィエを近代フレンチの祖とするのであれば、ポワンは現代フレンチの祖と言えるかもしれない。

 その後、ポワンのもとで修業した多くのシェフが師の撒いた種に水をやり、現代フレンチの果実を実らせた。トロワグロ兄弟、クロード・ペロー、アラン・シャペル、そしてポール・ボキューズである。

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美食の法王

 特筆すべきはポール・ボキューズであろう。彼はポワンの思想をさらに発展させ、シェフが毎日市場に足を運ぶことで最高の素材を探し、最適な調理法で出すことこそ最高のフランス料理であると考えた。そして、それは正しかった。彼は1965年、ミシュラン一つ星獲得から史上最速三ツ星を獲得、以来彼の店は半世紀以上にもわたって三ツ星を維持している。2018年1月、この不世出の料理人は天寿を全うしたが、店の評価は変わっていない。

リヨン近郊 コローニュオーモン=ドールにあるレストラン ポール・ボキューズ

 ポール・ボキューズの料理はヌーベル・キュイジーヌという一大ムーブメントへと発展していく。それはフランス全土、世界中のフランス料理関係者を巻き込んだ狂想曲だったのかもしれない。最高の食材を最適の調理法で提供する。洋の東西を問わず流行が多くの場合そうであるように、ボキューズのこの哲学から発したこの運動はいつしかシンプルさを追求するものと捉えられ、本質を見失い、迷走し、終焉した。

 後年、ボキューズは自伝の中でヌーベル・キュイジーヌを「こけおどし的な料理」と表現し、怒りを隠さなかった。彼はただ、美味しい食事を作りたかったに過ぎない。彼の言葉が如実に表している。「料理には一種類しかない。それは美味しい料理だ」

 無論、レストラン ポール・ボキューズに行けばそんな彼の神髄を楽しむことができる。しかし、それがすべてでもない。リヨン市内には彼が経営するブラッスリー(ビアホールの意、大規模なビストロ)も存在する。たとえば、パール=デュー駅近くにあるL’ESTがそれである。手ごろな値段で地場に根差した質の高い料理をリーズナブルに味わうことができるのだ。

ボキューズに限らず、リヨンには手ごろな値段で食を楽しめる場所が多くある。空腹と満腹を繰り返しながら、この美食の都を巡る。それはとても幸せな時間なのだ。

フランス共和国
リヨン
訪問時期:2017年9月

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