僕が歩いた街

旅行記

僕が歩いた街 - ウィーン ②甘い7年戦争

前回 オーストリアの食べ物で最も有名なものは何であろうか。少なくとも、日本では「ザッハトルテ」がその最右翼だろう。僕が初めてザッハトルテを知ったのは小学生の頃、当時ピアノを習っていた先生にいただいた、木箱に入ったデメルのザッハトルテ...
旅行記

僕が歩いた街 ― リヨン 後編

前回  リヨンが食通に愛される街になったのは、その地理的条件も大きく影響している。 ボジョレ、ローヌ、あるいはブルゴーニュといったワイン、さらにはブレス鶏、シャロレー牛など優れた食材の産地が近隣にあり、ローヌ川とソーヌ川という2つの...
旅行記

僕が歩いた街 - ウィーン ①楽聖を訪ねて

 1814年9月1日、ナポレオン戦争によって崩壊した国際秩序を回復させるための会議がはじまった。後に帝国宰相となるクレメンス・フォン・メッテルニヒが主催し、利害の衝突から議定書締結まで9ヵ月を要したこの会議をウィーン会議と呼ぶ。19世紀の...
旅行記

僕が歩いた街 ― リヨン 前編

美食の街、リヨン。フランス南東部に位置し、都市圏としてはパリに次ぐ規模を誇る都市だ。作家サン=テグジュペリが伯爵子息として生まれた街としても知られている。市内には彼の銅像があるほか、空港の名前にもなっている。パリからはその名の通り、パリ・...
旅行記

僕が歩いた街 ― オスロ

ノルウェー王国の首都にして、同国最大の都市。人口は約60万人。決して大きな都市とは言えず、際立った観光資源もない。現代における交通の要衝でもなく、 ノーベル平和賞に興味があるという特殊な人でなければ訪れる動機もなかなか見当たらない、しかし...