ヴェネツィア⑩ 24ユーロ

旅行記
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前回

 共和国の繁栄を支えた海運の一端を見学し、外に出ると日も傾いてきています。シップスパビリオンのすぐ前にあるのがアルセナーレ・ディ・ヴェネツィア(ヴェネツィア海軍工廠)。中世の造船所跡で、1104年にヴェネツィア共和国によって作られた国立の造船所です。最盛期には1日に1隻のガレー船を建造していたとされています。20世紀、第二次世界大戦まではここで船が作られていたようですが、その後造船所としての機能は放棄されました。現在でもイタリア海軍が管理をしています。

アルセナーレ・ディ・ヴェネツィア

 そろそろ夕暮れが近づいてきました。美しい街並みに日が沈む様子はさぞかし映えるに違いありません。どこか高いところからその景色を拝みたいを考え、近くにあるサン・マルコ広場の鐘楼に登ってみることにしました。

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海の都

サン・マルコの鐘楼は高さ98.6m、1902年に一度崩壊しており、現在あるものは1912年に再建されたものです。鐘楼が崩壊した時は隣接する建物にも大きな被害が出たようですが、幸いにして死者は一人もいませんでした。聖マルコのご加護でしょうか。

 考えることは皆同じなのか、鐘楼に入るにはために大勢が並んでいます。この様子では、塔に上る前に日が暮れてしまいそうです。

 案の定、日が沈み夜の帳が下りてきました。夕暮れの絶景を拝むというプランは崩壊してしまいましたが、ここまで来たら列に並び続けて塔に上ることにします。すでに他の施設も閉館時間になっており、他に当てがなかったということもあります。

 サン・マルコの鐘楼はありがたいことにエレベーターで一気に上まで運んでくれます。欧州の塔は多くの場合、らせん階段を上り続けていかなければならず、日ごろ運動不足の生活を送っている身としては中々辛いものがあります。文明の利器が配備されているとわかるとガッツポーズをとりたくなります。

 塔に上ると、ちょうど鐘の鳴る時間でした。時刻は16時30分です。街中に響く鐘の音です。さすがにこの距離で聴くと迫力がありすぎです。

 それではいよいよ水の都を見下ろしてみましょう。

 眼下にはサン・マルコ広場。そして海の先には微かに沈む日を見ることができます。あと30分早くここに来ていたら、バラ色の都が見られたのではないかと思うと、やはり少し残念な気がします。

 反対側、サン・マルコ寺院の方を見てみましょう。

 ビザンティン様式のドームが独特な存在感を放っています。フィレンツェもそうですが、屋根の色が統一されているため見下ろした時の街の統一感が半端ではありません。震災や戦災に遭った日本ではお目にかかることのできない光景です。こうしてみると、海との絶妙な一体感を感じることができます。

 地上に降りると完全に夜になっていました。世界で最も美しい広場とも称されるサン・マルコ広場。残念ながら回廊の一部が工事中だったので、雰囲気は今一つ。

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世界最古のカフェ

 さて、この回廊には観光客相手の土産物屋がたくさんありますが、そんな中に非常に有名やカフェがあります。1720年に創業した世界最古のカフェ、カッフェ・フローリアンです。世界一美しい広場にあるカフェとして、世界中から観光客が訪れている名所の一つです。そして、カフェ・ラテ発祥の店として知られています。

 カフェ・ラテ(caffè Latte)とカフェ・オ・レ(café au lait)はよく混同されますが、前者はイタリア語、後者はフランス語でどちらもコーヒーと牛乳を意味します。カフェ・ラテはエスプレッソと牛乳、カフェ・オ・レはドリップコーヒーと牛乳と区分されています。エスプレッソはイタリア発祥ですから、それから連想すれば分かりやすい違いです。ただ、フランスでも「café」と言えば、出されるのはエスプレッソで、ドリップコーヒーを頼む場合には「Café filtre」と言わなければなりませんが。ちなみに、エスプレッソとフォームドミルクを合わせたものはカプチーノ(cappuccino)になります。

 内装はいかにも歴史を感じさせるつくりになっています。客はおそらく100%観光客。私を含めて、若干雰囲気とマッチしていません。

 

 この店発祥でもあるカフェ・ラテをオーダーしましたが、まさかの自分で作りなさい方式でした。ミルクも泡立っていますし、ポットに入っているコーヒーもエスプレッソというよりドリップのような感じもしますが、細かいことを気にしてはいけません。ここでカフェ・ラテを頼んで出された以上、仮に紅茶が出されたとしてはそれはカフェ・ラテなのです。

 これは勝手な憶測ですが、おそらくこの店でカフェ・ラテなるものが生まれたときは、文字通りコーヒーと牛乳を合わせた飲み物だったのではないでしょうか。無論、隣国のカフェ・オ・レなるものも壇上していませんから、違いなどはそもそも存在しません。それが時代を経るうちに、両社の間に明確な差が出て現代我々が呼ぶカフェ・ラテとカフェ・オ・レに区別されたのかもしれません。そう考えると、現代の基準とは異なっていても、これはやはり間違いなくカフェ・ラテなのでしょう。

 まだクリスマス仕様のスペシャルケーキがありました。なんとなく頼んでしまいます。スポンジ状のものはイタリアのクリスマス定番菓子パンであるパントーネでした。
 お値段は驚きのカフェ・ラテ10ユーロ、ケーキ14ユーロでした。一等地の超観光名所とはいえ、さすがに高価すぎです。完全に観光客を相手にしている商売です。合計24ユーロは、この時のレートで3240円でした(1ユーロ=135円)。

 ただ、悔しいかな「せっかくだしぃ、たぶんもう来ないしぃ」などと思いながら入ってしまっている自分がいて、それはそれで楽しんでいるので、これもWin-Winと言えるかと思います。

 1日の疲れもあって、もう少しゆっくりしたかったのですが、外の行列を見るとあまりゆっくりとしているのも気が引けます。そこらへんはちゃんと小市民感覚を持っています。ということで退店。時刻は21時です。夕食を食べ逃してしまいましたが、それほどお腹もすいていませんし、今日はこれでリド島に戻って休むことにします。

 つづく

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