《雑記》ANAのA380導入を考える ②なぜ導入するに至ったのか

雑記
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前回

 ANAは2015年12月にエアバスにA380を3機発注、翌16年1月29日にはホノルル路線へ投入すると正式発表しました。ANAはA380導入の理由を手薄だったリゾート路線への強化のためと説明しています。エアバスとは15年春から協議を重ね、夏にA380導入を検討して、秋には選定委員会を立ち上げていました。

 これまで中型機であるB787を活用して国際線の拡充を図ってきたANAですが、突如として超大型機の採用を決定しました。確かにリゾート路線、とくにA380を就航させるとしたホノルル路線でANAは強くありません。ホノルルは日本人の海外渡航が解禁されて以降、JALとJTBが開拓してきた路線です。同じアライアンスのユナイテッド航空や、地場のハワイアン航空も日本路線を展開している激戦区でもあります。そこで、ゲームチェンジャーとしてA380を導入して、ハワイ需要を一気に取り込もうという戦略です。

パリ シャルル・ド・ゴール空港で見かけたANAのB787-9

 しかし、これを額面通りに受け取ることはできません。ANAのA380導入には、伏線があったと考えるのが妥当ではないでしょうか。

 話は2010年にさかのぼります。

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最初の発注者

 A380を最初に発注した日本の航空会社はANAではありません。1996年に設立されたスカイマークが最初の発注会社でした。スカイマークは機内サービスを簡素化することで運賃を下げ、JALやANAといった既存のエアラインに戦いを挑みました。体力に勝る大手はスカイマーク並みの運賃を新たに設定するなど、新参者を徹底的に叩きます。結局、スカイマークは経営難に陥ってしまいました。

 2004年、IT業界の成功者、西久保愼一氏がスカイマーク再建に乗り出しました。西久保氏による全社の抜本的見直しの結果、スカイマークは2008年3月期に黒字を確保。業績が回復したスカイマークは、次の一手を打ちました。

 2010年、スカイマークはエアバスとの間でA380導入に関する基本合意書を締結します。翌2011年2月には6機のA380を正式発注します。スカイマークはこの超大型旅客機によって、国際定期便進出を目論みました。最初の就航路線は東京(NRT)‐ニューヨーク(JFK)です。日米の二大都市を総二階建ての巨大旅客機が結ぶ。ニューヨークに続いて、ロンドンやフランクフルトへの就航も検討されていました。ロマンは感じられますが、それまで国際線定期便に参入していなかった日本の中堅エアラインには少々荷が重すぎるように思えます。

 そもそもエアバスはスカイマークに中・近距離向け中型機A320を売り込んでいました。商談の中で西久保氏がA380に興味を示し、そのままA380導入に踏み切ったとされています。

 このあまりにも”身の丈に合わない”買い物に周囲は反応しました。発表直後に株価はストップ安まで下落しただけではなく、エアバス社内からもスカイマークが本当にA380を導入して運用できるのか疑問視する声が挙がったとされています。

 エアバスにとっても、この商談はギリギリの賭けに近かったのではないでしょうか。大きすぎる機体に世界中のエアラインが手を持て余していました。そこに、突如として沸いて出た引き合いです。起死回生と呼ぶには規模が小さい商談ではありますが、新規の間口を作ることは社内外へのアピールにもなります。また、B747をはじめとするボーイング機で占められていた日本市場の状況を打破する一手にも見えていたようです。

 多方面から心配が寄せられる中、このようにしてスカイマークのA380導入計画は着々と進行していきました。3年後の2014年2月にはスカイマークが発注したA380初号機はフランス・トゥールーズのエアバス本社での最終組み立てが完了し、初飛行に成功しています。受領予定は8月です。スカイマークが華々しく国際定期便にデビューする日が近づいていました。

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知ってた

 ところが、その目前である2014年7月にスカイマークとエアバスの間で、A380購入をキャンセルするための交渉をしていることが明らかになりました。スカイマークは最初に受領する予定だった2機の受取延期と、発注済み残り4機の無期限延期をエアバスに申し入れました。エアバスからは大手航空会社の傘下入りや違約金支払いを求められ、交渉は物別れに終わります。

 スカイマークはなぜ、戦略の目玉であったA380をキャンセルせざるを得ない状況に陥ったのでしょうか。

 スカイマークがA380を発注した2010年からキャンセルする2014年までの間に、様々な状況が変化していました。まず、12年年末の衆議院選挙で政権交代が起こり、自由民主党が政権与党の座に返り咲きました。安倍晋三首相による経済政策、いわゆるアベノミクスの一環で大規模な金融緩和が実施され、為替相場は円高から円安へと一気に動きました。

 円高円安のどちらがいいか、という議論は置いておくとしても、円安になると外貨建てのビジネスでは負担が増加します。これにより燃料費の負担が増大しました。また、低価格を売りにするLCCが台頭したことで、スカイマークはさらに厳しい競争環境に置かれることになりました。

 多くの人が懸念した通り、スカイマークのA380導入は相当厳しい状況になりました。キャンセルをしようにもエアバスとの交渉は暗礁に乗り上げ、ついには700億円の違約金の支払いを求められる可能性が高まりました。700億円の違約金を問題なく払えるならば、そもそも経営危機になど陥らなかったでしょう。スカイマークの経営破綻は時間の問題と言ってもいいようになりました。

 後に西久保氏はこのA380導入と、それによって引き起こされた経営危機について「反省している。環境の変化があることを甘くみていた」と自らの経営判断に誤りがあったことを認めています。

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理不尽な足枷

 さて、危機に陥ったスカイマークは再建の可能性を模索し、JALに支援を要請します。

 JALは2010年1月に会社更生法の適用を申請、京セラの稲盛和夫名誉会長の下、経営再建に取り組みました。その結果、翌2011年3月に会社更生が終了、12年9月には東京証券取引所に再上場を果たしました。負債を整理して収益性が改善したJALは、数年前とは見違えるほど健全な優良エアラインに変貌していたのです。

 そのJALにスカーマークは支援を求めました。ところが、JALがスカイマークを救済することはありませんでした。いわゆる「8.10ペーパー」という足枷があったため、JALにその自由はなかったのです。

 A380の件とは直接関係はありませんが、次回の伏線にもなるので8.10ペーパーについても簡単に触れておきます。

 8.10ペーパーとは、JALがスピード上場を果たす少し前の2012年8月10日に国土交通省が示した「日本航空の企業再生への対応について」という文章のことです。JAL再建には多額の公的資金が投入されました。それによってJALは財務体質を著しく改善させたわけですが、これは他の航空会社から見ると不公平に思えます。公的資金で復活したJALが新規路線の開設や新機材の導入を行って競争力を高めることは、自力で経営してきた他のエアラインとの競争をゆがめてしまう。したがって、2017年3月末までは国交省がJALの経営を監視し、新規投資については制限するというものです。

 ここで言う「他のエアライン」とはANAのことです。そもそもこの8.10ペーパーは、JALのスピード再生に脅威を覚えたANAが働きかえて発出されたとされています。とくに、JAL再建は民主党政権の功績とされており、再び政権を手にした自民党としては面白い話ではありません。そこで、ANAが自民党に働きかけ、その結果国交省が動いた、というのが一般に言われている流れです。

 個人的には、この8.10ペーパーなるものは妥当性がなく、極めて筋が悪い文章と考えています。

 本来、このようなに再建後の経営を拘束するようなものは、再建策と同時に提示すべきでした。「この条件をのむなら金を出してやる」と。ところが、実際には金を出してJALが大方の予想を裏切った再生を遂げつつある中で、突如として出された文章です。完全な後出しです。フェアな競争環境を守るために、じつにアンフェアな形で新生JALに嵌めた足枷。それが8.10ペーパーだと私は考えています。そもそも法律でも省令でもない、ただの文章(ペーパー)です。

 「国の金を使って再建したんだからいいだろ!」という声も聞こえてきそうですが、これも本来であれば一顧だにする必要のない意見です。JALには企業再生支援機構を通じて3,500億円の公的資金が注入されました。その後、スピード再生によって支援機構の持つJAL資産は一気に膨らみました。再上場後、支援機構は保有する1億7,500万株すべてを約7000億円で売却しています。手数料等があったにせよ、約3,000億円の利益が出たことになります。

 つまり、国の金を使って、という文句があるのであれば、JALは3,000億円も国庫を潤したのだ、という反論が成り立ちます。

 100%減資によって損失が出た元株主や、債権放棄を迫られた元債権者が文句を言うなら、まだ筋が通っています。

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ANAとエアバスの取引

 話をスカイマークに戻します。

 JALに支援を求めたスカイマークですが、このような状況があってJALはスカイマークを救済することはできませんでした。

 結局、スカイマークの経営は行き詰まり、2015年1月に民事再生法の適用を申請し、3月には東証1部上場廃止となりました。

 8月に行われた債権者集会で、ANAホールディングス支援によるスカイマーク再建計画案が可決されます、スカイマークはANA傘下で再出発することになりました。

 これが、ANAがA380を導入する直接的なきっかけになったと考えられます。

 スカイマークの債権者の中にはエアバスが含まれています。先述した通り、エアバスはスカイマークの発注を受け、すでにA380を建造しており、初号機の試験飛行も済ませています。その段になって、スカイマークはエアバスにA380のキャンセルを申し出ました。エアバスとしては、これまでの費用や将来の機会損失を補てんするためにスカイマークに違約金を求めます。これによってスカイマークの財務状況は一気に悪化して、破綻へと至りました。エアバスは立派な債権者です。

 スカイマークの債権者会議では、いくつかの再建案が提示されました。1つがANAによる再建案。そしてもう1つがデルタ航空による再建案です。これは米国の航空機リース会社イントレピット・アビエーション(当然、スカイマークの債権者)が出した案です。デルタがスカイマーク支援に乗り出した経緯は本筋とは離れますし、また長くなるのでここでは割愛します。

 ANAは債権者集会で自らの再建案を採用させるためには、大口の債権者だったエアバスの了解を得る必要がありました。ここでANAとエアバスとの間に、何らかの取引があったと考えるのが自然です。

 15年8月の債権者集会でANA案が採用されましたが、冒頭に書いた通り同じタイミングでANAはA380投入を検討しはじめました。そして秋には選定委員会を立ち上げ、12月に正式発注しています。これがエアバスとANAの間に合った「何らかの取引」の正体でしょう。

 ANAも16年1月のA380導入発表時に、スカイマークの再建が「検討の加速になったのは否めない」としています。正しく行間を読めば、やはりそういうことだったと考えるのが妥当です。

 ちなみに、スカイマークが発注したA380をANAがそのまま引き取ったというわけではありません。すでに建造済み、あるいは建造中だったA380はエミレーツ航空に納入されています。

 僕が18年9月に、トゥールーズにあるエアバス本社工場を見学した際には、垂直尾翼に描かれた星マークが塗りつぶされた機体を見つけました。その後、さらにエミレーツ色に塗られて今は世界の空を飛んでいるのではないでしょうか。

エミレーツ航空のA380
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A380の代償は

 最後に、なぜANAは一度は必要ないと判断した超大型機を導入してまで、スカイマークの支援者になりたがったのかを考えてみます。

 ANAが手に入れたかったものはスカイマークの機材でも顧客でもなく、羽田空港の発着枠だったのでしょう。都心に近い羽田の発着枠はドル箱です。1枠でも多く欲しいというのが日本に就航する航空会社の心からの願いでしょう。ANAは自社のネットワークにスカイマークを組み込むことで、実質的に羽田発着枠を拡充させようとしました。

 実質的に、というのはANAそのものの枠にしてしまうとそれこそ不平等とみなされ、既存の発着枠が没収されてしまう可能性もあるためです。あくまでもスカイマークの発着枠、しかし実際にはANAのネットワークに組み込まれたANAの発着枠。これこそANAがA380導入という代償を払って手に入れようとした果実だったのではないでしょうか。

 ただ、この目論見が成功しているようには見えません。スカイマークは自社の独自の維持を頑なに守ろうとしており、ANAネットワークに編入されることに抵抗しています。ANAが狙っていたコードシェアはスカイマークになんだかんだとかわされ続けています。ANAは予約システムの統合にも乗り気でしたが、スカイマークはこれも拒否しています。顧客管理の基盤である予約システムをANAのものに組み込んでしまえば、それはもう見た目が違うだけで実態はANAそのものになってしまいます。

 ANAがA380を購入する代わりに手に入れたはずのスカイマークですが、それに見合うだけの恩恵をANAはまだ手に入れられていないように思えます。

 それでもA380の投入は間近に迫っています。

 つづく

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